誰かに応援されないと頑張れない時代

今ままで理学療法士として、トレーナーとして、鍼灸師、アドバイザーとして多くの患者さん、選手、クライアントさんと向き合ってきました。

その中でやはり、応援するというのは大切なことで大きな力になると感じています。

みんな、一生懸命で頑張っているますが、それでも応援されるというのはなかなか少なく頑張りきれない時があります。

頑張らんでもええよ。っという社会になってきていますが、それでも頑張らんといけない時はあります。

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不完全な頑張り

頑張るって想像しているよりも不完全なもので多々ミスしている部分があって他人から見ると指摘できるところが沢山あります。

皆さんも経験があると思いますが、車の免許を取るために自動車教習所に行った時のような感じです。思い出してください。ブレーキから足を離すと勝手に車が動くじゃないですか!慌ててハンドルを操作して運転しても隣に乗っているおっちゃん指導員からはダメだしの嵐。そんな時の気持ちを思い出してください。(現在は指導員は優しいらしい)

もう、必死過ぎてダメだしのフォローなんてしようとしたら三角コーンにぶつかるし、おっちゃんはブレーキ踏んでくるし、運転って怖いとしか思えませんでした。いや、ほんと私だけでなく友人は運転がこれで嫌いになっていました。

でもね、指導員の中にはダメだしを全然しないおっちゃんもいました。しかも、顔はめっちゃくちゃ怖いのですが。

おっちゃんはね

「はい、ここでギア切り替えて〜」
「イイね〜。もっとアクセル踏んでイイよ〜」
「もっと〜」
「いいね〜」
「よし、今度はS字クランク行こうか〜」
「大きくハンドル切ってね〜」
「はいーぶつかるよ」 ガン!
「ね〜」

…なにこれ!運転しやすい。いや、ぶつかったけどいいの?え?ぶつかることも大切?なにそれ?

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指摘が全て正しさと刺さりやすさ

私たちは一生懸命に頑張っている時ほど応援されると嬉しい。これは誰でも同じだと思う。

応援されることが頑張ることの目的ではないけど続けられるきっかけにはなると思う。

そして、指摘に対してはその正しさゆえに刺さる部分はある。刺さったところからは挫折感や悔しさ怒りなどネガティブな感情から学びへと切り替えることもある。それでもネガティブなところからスタートなのは変わりない。

誰かのミスを正そうとするとき私たちはまずこの視点を持つことが大切なのではないかと考える。

誰にでもミスはある。そして、それは頑張っているときに起きやすい。