挑戦するってかっこ悪いところからはじまるんだ。

コラム
挑戦する姿は必ずしもかっこいい姿ではない

私はいつも「挑戦しているね」「頑張っているね」っと言われる。

それは、おそらくSNSでの発信や久しぶりにあった瞬間を観ての言葉なのだけど、ありがたく受け取っている。

 

 

しかし、その言葉をいただくまでの経緯は輝いているわけではなく、どこまでも泥臭く地味でスマートな姿など1ミリも見つけられない。

そう、私の挑戦や努力している姿など、かっこ悪いところしかない。

挑戦する姿は必ずしもかっこいい姿ではない

スポンサーリンク

努力が報われる?

私はバスケットボールというスポーツが大好き少年だった(もちろん、世代的にはスラムダンク世代)。

大好きなバスケットボールをするために毎朝早く起きて体育館で1人、朝練していた時もある。キツい練習も頑張った。筋トレも本を買って勉強してトレーニングプログラムを自分で作って毎日メニューを消化していた。お陰で足も速くなり高く飛べるようになった。

しかし、それで試合に出れたということは無かった。そう、努力は報われなかったのだ。努力が報われるなんてことは、その瞬間はほとんどなかった。

現実はいつも同じでそう簡単に表舞台になど立てず、挑戦や努力をしていても不細工な姿や結果しか出せなかった。

それは高校を卒業した後でも同じことで仕事も最初の3年間は同じ世界だった。気持ち的にも余裕はなく、どれだけ積み上げても手応えがなかった。

負けず嫌いの性格は、良くも悪くも努力が報われない時間を耐え抜き自分を保つだけの支えにはなっていた。

 

人の欲求には承認欲求というものがある。
それは、多くの人たちを突き動かし続ける欲求で強力。

承認される=認められることは、その人がその人でいいよという世間からの許可書のようなものでそれが無い人は自分がこの世界に存在していいのかが判らなくなる。

努力が報われない時間は、承認されない時間でもあり努力することの結果がポジションでなければ人はその動きを止めてしまう。

努力が報われると信じれば信じるほど、その現実が理想とは違う方向に進んだときのダメージは強すぎる。

多くの人は強すぎるダメージによって動きを止めて、その場から降りていく。ただ、これは普通のことで悪いわけでもない。当たり前のことなんだ。

 

スポンサーリンク

かっこ悪い姿と失敗と花と

努力している姿は美しいと思う?
活躍している人が美しい努力をしていると思う?

それは違う。

見える努力って本当は一部分でしかも表面に近いものであることが多い。

その下層にある多くの努力の跡や姿は、人に自慢できるようなものではない。
吐きそうなくらい走っていたり、叫びそうになるくらいキツかったり、こんなことして何の意味があるんだと落胆している。そういうモノが下層にはたくさんある。

そして、見える努力の上にはたくさんの失敗がある。
作曲家が最初から素晴らしい一曲をすぐに書き上げることや写真家が1回シャッターを切るだけで素敵な写真が撮れるわけがない。それと同じように努力の上に咲く花は失敗の花ばかりだ。

かっこ悪い姿と失敗と花とで人生のほとんどはそれで出来ている。

 

スポンサーリンク

上手く行かないことが当たり前の世界でどうする?

この世の成功率はかなり低い。
仕事やスポーツでも、愚直に進めても努力しても多くは失敗し迷い途中で諦めてしまう。

そもそも生まれてくるだけでもかなりの確率の低さだ。

この世界は、上手く行かないことは当たり前で初めから失敗が当たり前の世界で出来ている。そして、その上に成功がある。ただ、足元を見ているのか上を見て進んでいるのかの違いがある。

 

努力や挑戦する姿は輝かしい姿ではないけれど、それを自分自身がどのように感じるかで世界は変わる。上手く行かないことが当たり前の世界で自分がどうするかがその行く先を決めている。

恥ずかしい、惨めだっと世間から見える自分の姿を悲観しているならこの先も変わらずに上手く行かない。

世間の目なんて正直ない。気にしなくていい。見ていたとしてもそれは一瞬のことだから。大切なのはそんな視線を気にせずにどれだけ自分が本当にやりたい事を続けていけるかだ。

姿形に拘るな、成功したら拘ればいい。

 

続けた人だけが成功する

有名な起業家も一流のスポーツ選手も続けた人だ。
初めこそ上手く行かなかっただけでその後は努力や練習の工夫と改善を繰り返し、集中し続けて成長してきた。成功したと言われるレベルになってもそれは続ける。ピークがあれば下る坂もあって、坂を下る時は批判されることが増える。しかし、それでも進むことを止めず、改善できるところを探し前に進もうとする。

 

スポンサーリンク

続けた人だけが成功する

 

有名な起業家や一流のスポーツ選手でなくとも私たちも小さな成功を掴むためには自分の姿や世間の目など気にせずに続けていかなくては行けない。

成功したい?叶えたい?それなら動きを止めるな。

何かを成し遂げたいなら動き続けなければならない。最初は賢くなくていい。不細工でもいいから1ミリでも前に進もう。次第に失敗しない方法がわかるし自分の必勝パターンも見えてくる。前に進む方法や加速する方法すら見えてくる。

 

実直な姿で賢く進むことが成功している姿の1つだということはいつの時代も変わりない。歴史上の人物の語られる姿は素晴らしいことが多いが実はその背景は泥臭いことが多い。そう、私たちと何ら変わりはない。

質・量が問われる日々だけど、私たちの人生もそれなりに濃ゆいものになっていると思う。

意識高め系が生きて行きにくい時代なのかもしれないけど、薄い人生よりはマシだ。何も挑戦せず成長しない人生よりはマシだ。

挑戦するってカッコ悪いところから始まるんだ。